気付けば、オレとワルターの二人だけだった。
すぐ傍にいた筈のリアラも、コレットも、スパーダもいない。
リオンやセネルの姿も無い。
「…っち…どうやら全員惑わされたようだな」
「どうなっちゃうんだ…?やっぱり…皆嫌な記憶を見せられちゃうのか?」
「…思い出したくない記憶、と言うのは幾ら月日が経とうが完全に忘れられるわけじゃない。その思念を読み取り、幻覚を生み出す何かが此処にいるんだ」
「そうか、じゃあそいつを見つければ…」
「だが、それは簡単なことじゃない。下手に動き回れば俺達はただ此処で野たれ死ぬだけだ」
「…っ…。テネブラエ、皆の気配とか読めない!?」
「…申し訳ございません。どうやらこの霧は…まるで生き物のような意志を持っておりまして…」
「…生き物……?この霧は…一体…」
『お前のような者がいると言うだけで、我がベルフォルマ家の恥だ』
「なんだよ…俺だって好きでこんな家生まれたんじゃねーよ…」
『ディセンダーなんでしょう?どうして私達の世界を守ってくれなかったの?』
「……いや…いや…ごめんなさい、ごめんなさい」
『お前は“神子”として生きる為だけに生まれた。それ以外を望んではならぬ。それ以外お前に存在意義などありはせん』
「わたしは…神子……わたしはっっ!」
『貴方が来なければ…里は…無くならなかった…。私達水の民が追われる事も無かったのに…』
「…っ…すまない……すまない!!」
『ねえ、エミリオ?戻っておいでなさい。貴方のいるべき場所は、此処じゃない。あのお方の、所でしょう?』
「…僕は…僕は…」
下手に動き回っても、解決策が見つかるわけじゃないのでとりあえず座り込んでみる。
ワルターの具合もリアラの回復術で大分良くなっているようで、もう一人で立つことも可能らしい。
だけど、離れてしまったら他の皆のようにバラバラになるかもしれないのでとりあえずワルターのマントを掴んでおいた。
「…どうしようか」
「最早視覚は当てにならんな。先も見えんし、見えても精々幻くらいだ」
視覚は当てにならない、とワルターは言った。
ならばと、オレはそっと目を閉じてみた。
オレやワルターが喋らなければ、全く静かな空間。
けれど視覚が遮断され、全神経が研ぎ澄まされる。
……何かが、そこにいる。
「…スパーダ…」
オレは何も無い空間に手を伸ばし、スパーダの名を呼んだ。
『騎士の名門たるベルフォルマ家から異能者が出るなんて…』
『お前は何処まで家名を汚せば気が済むんだ!』
『…お前なんて』
生 ま れ て こ な け れ ば 良 か っ た の に
「…うるせえ…うるせえ…うるせえ!やめろぉっ!こんな胸糞悪ぃもん見せんじゃねえ!!」
『お前なんて』
『お前なんて』
『『『誰からも必要とされていないんだ』』』
「やめろってんだよ!…やめろ…」
段々と弱々しくなる声。
抵抗する力も徐々に抜けていく。
次々と耳に入ってくる罵声。
耳を塞いでも、脳に直接話しかけてくる。
『消えろ』
『二度と戻ってくるな』
「…ああ…そうだよ。…どうせ俺は誰からも必要とされちゃいねえよ…。俺なんかいなくなったって…」
もう、抗うのは疲れた。
いっそ闇に身を投じてしまおうか。
「スパーダ」
まるで闇に落とした光のような声。
一瞬で俺を囲んでいた奴等が消えていった。
「そこにいるんだろ?」
とても…大切な…奴の声。
「スパーダ、自分に負けるな。オレの知ってるスパーダは、仲間思いで、熱くて格好いい奴だよ」
…お前の…知ってる…“俺”。
「手を伸ばして。絶対見つける」
…俺を…“スパーダ”を見てくれるのか、お前は。
「スパーダ」
……っ!
―――――ガシッ!!!!
「うわぁ!!」
「何事だ!?」
当ても無く伸ばしていた腕を掴れ、大声を上げてしまった。
驚いたけどこの手は……
「スパーダ」
「……ったく…来るのがおっせーよ。お前は」
見つけた。
後の四人を捜そうと、スパーダと同じ様に手を伸ばし声をかけた。
何も無い場所だけれど、絶対皆近くにいる。
確証は無いけど、感じるんだ。
「コレット」
「リアラ」
「セネル」
「リオン」
『『『『……………』』』』
「みんな、手を伸ばして。オレは此処にいるよ。すぐ傍にいるから」
差し出した両手にひやりとしたものが触れた。
少し驚いたけれど、握り返す。
すると弱々しく掴んでいたものが、段々力が強くなっていく。
「やっと見つけた」
さぁっと霧が晴れていく。
晴れた世界で見えたのは、仲間達の姿。
見つけた五人は少し体力を奪われてしまったようだけど、それ以外は異常は見当たらない。
「だいじょ…ぶっ!?」
声をかけようとしたらリアラとコレットに突進された。
二人を見ると、肩が少し震えていた。
「リアラ?コレット??」
「……良かった」
「………の声が…聞こえたから…」
「…オレはここにいるよ。何回でも呼ぶから」
……ふと感じる視線。
気付けば皆がオレらの方を見ている。
「いい雰囲気出してんじゃねえぞ」
「俺らもいるんだけどなあ」
「……お前と言うやつは」
「……」
ちょっと!!失礼だな!!
しかもワルターに至っては無言なのはやめて!!!!
「なんとか俺達は抜け出せたが…、これは本当に幻だったのか?」
「ええ…凄くリアルに感じたわ」
セネルやリアラはまだ顔色が悪い。
それ程までに辛いものを見てしまったのだろう。
此処は一度対策を練った方が良いかもしれない、と言おうとした瞬間背筋に戦慄が走った。
「それはお前達に潜む闇が形となったもの。幻などではない、お前達の心そのものなのだ」
「「誰だっ!!!」」
オレとリオンは剣を向けて背後を振り返る。
「…なっ」
「いない…?」
しかしそこには誰の姿も無かった。
「愚かな…闇に身を任せてしまえばこれ以上苦しむこともなかったのに」
「「「!!!」」」
また別の場所から聞こえた声。
全員が背中を向け合い、周りを見回すがどこにも声の主が見当たらない。
「滅びの道を選ぶと言うのならば、上まで来るが良い」
「…みんな」
「ああ、わかっている」
「この上にいる奴が幻覚の元凶というわけだな」
「大丈夫、もう惑わされないわ」
「うん、だって皆一緒だもんね」
「胸糞悪ぃもん見せられたお返しと行こうぜ!」
「やられっぱなしはアドリビトムの恥だからな」
上へ向う階段を、オレ達は勢い良く駆け上がった。
最上階、そこは360度景色を一望できる展望台となっていた。
上には空、周りは湖に囲まれた絶景。
けれど、一角だけ異様な雰囲気を放っていた。
「……石版……!」
中央に置かれた台座に奉られているのは、オレの旅の目的の一つでもある石版。
けれど、此処はマナで満ちた密室ではない。
「、あれ…」
「ああ…でもなんでこんなむき出しの場所に………っ!!!」
触れようとした瞬間、静電気のようなものが走った。
うっすらとだが光のバリアのような物が見える。
「おい、!手火傷してんじゃねえか」
「大丈夫か!?」
「あ、うん…。なんだこれ…」
「やはり滅びの道を選ぶのか」
先程聞こえたのと同じ声。
声を辿って行けば、まるでそこに大地があるように宙に立っていた人がいた。
「…お前はっ!!」